はじめに:オルカンさえ積み立ててれば大丈夫?
こんにちは、ばっきんパパです。
ドイツ人女性哲学者のハンナ・アーレントは、全体主義を分析する中で、「法」や「制度」が人間の自由を支える重要な土台であることを示しました。
どれほど優れた指導者や理念があったとしても、恣意的な権力によってルールが簡単に書き換えられる社会では、人々は安心して生きることも、長期的な計画を立てることもできません。
この視点は、投資について考えるときにも示唆を与えてくれるように思います。
「オルカン(全世界株式)を積み立てておけば大丈夫。」
新NISAの普及とともに、この言葉は投資の“常識”のように語られるようになりました。
実際、私自身もオルカンを保有しています。インデックス投資は、多くの人にとって合理的な選択だと思っています。
しかし、合理的な選択肢だからこそ、「なぜそれを選ぶのか」を自分なりに考え続けたいとも思っています。
「みんなが買っているから」「インフルエンサーが勧めているから」ではなく、自分なりに仕組みを理解し、納得した上で続けること。
今回は、「それでも私はオルカンを買い続ける理由」を改めて考えてみたいと思います。
中国は経済大国なのに、なぜオルカンでは数%なのか
中国は世界第2位の経済大国です。
それなのに、オルカンにおける中国の割合は決して高くありません。
理由は、実体経済の大きさと、投資対象としての魅力は必ずしも一致しないからです。
中国には、
- 資本移動の自由が限定的であること
- 政策変更による人治リスク
- 会計の透明性への懸念
といった課題があります。
どれほど経済規模が大きくても、「安心してお金を預けられる市場」でなければ、世界中の投資家から十分な評価を得ることは難しいのです。
オルカンは万能ではありません。
あくまで、「自由な市場経済のルールの中で評価された企業」を取り込む仕組みなのです。
それでも、中国の存在は無視できない
一方で、中国の持つ力を過小評価するのも危険だと思います。
自由主義国家では、意思決定に時間がかかります。
議会での議論、住民への説明、環境への配慮など、多くの手続きを経る必要があります。
しかし、中国のような国家主導型の経済では、特定の産業へ一気に投資を集中させることができます。
EV、太陽光パネル、バッテリーなど、実際に世界市場で存在感を高めてきました。
私は自由主義を支持していますが、その弱点にも目を向ける必要はあると思っています。
インドはオルカンの未来なのか
では、中国に代わる存在として期待されるインドはどうでしょうか。
インドは民主主義国家であり、法制度も比較的整っています。
人口増加や経済成長の期待も大きく、今後の世界経済を牽引する存在になるかもしれません。
一方で、官僚主義や保護主義的な側面もあり、先進国ほど自由な市場とは言えません。
それでも、外国からの投資を受け入れながら成長していく方向性は明確です。
私は、長い時間をかけてインドの存在感は高まっていくのではないかと考えています。
私は、それでも自由主義に賭ける
ここまで書いてきたように、オルカンにも限界があります。
世界は単純ではありません。
地政学リスクもありますし、自由主義そのものが試される時代かもしれません。
それでも、私は自由主義に賭けたいと思っています。
長い歴史を振り返れば、国家による統制よりも、自由な競争の中から生まれたイノベーションが社会を前に進めてきたからです。
もちろん、絶対はありません。
だからこそ、「思考停止」は避けたいのです。
オルカンを買い続けるとしても、その前提となる世界の変化や制度のあり方には関心を持ち続けたい。
自分の判断が間違っている可能性も含めて、問い直しながら続けることが大切だと思っています。
投資もまた、「凡庸な善」なのかもしれない
失敗も、回り道もたくさんありました。
若い頃は法律を学び、社会に出てからは「正しさ」が人を守ることも、置き去りにすることもあると知りました。
それでも、「これは超えない」と決めた線の近くを行ったり来たりしながら、今は一人の福祉職として、夫として、双子の父として暮らしています。
「ハンナ・アーレントの凡庸な善」という言葉。
派手な正義ではなく、毎日の小さな判断を真っ当に積み重ねること。
私にとっては、投資もまた、その一つなのかも知れません。
ただし、私は、インデックス投資の将来を予測しているわけではありません。
むしろ、自分の予測が当たらないことを前提にしています。
コロナ禍のとき、私は「世の中はもう元には戻らないのではないか」と感じました。
当時の私が未来を予測していたら、積立をやめていたかもしれません。
しかし、市場は回復しました。
だからこそ、私は「自分の予測」を排除するようになりました。
インデックス投資は、私の能力に賭けるものではありません。
自由な競争や技術革新を生み出してきた「仕組み」に賭けるものだと思っています。
暴落時に「何%まで耐えられるか」を考えるのではなく、最初から長く持ち続ける前提で、無理のない範囲で積み立てる。
そのために、十分な現金も持つ。
私は、そんな地味な投資をこれからも続けていきたいと思っています。